大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和29年(う)2352号 判決

控訴人 被告人 松崎昇

弁護人 浦田仙造

検察官 納富恒憲

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人浦田仙造の控訴趣意は、記録に編綴されている同弁護人提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

同控訴趣意中(一)事実誤認の点について、

論旨は、先づ被告人の原判示第一及び第二の所為は正当防衛行為であると主張するにあるが、右所論は判示舟橋薬店前道路上において生じた一瞬の場面をとらえて、独自の結論をなしたものというべく本件記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われた被告人の当夜の行動を全般的に観察すれば、被告人の本件所為が所論のごとき防衛意思に出でたものとは認め得ない。

すなわち、所論指摘の各証拠に徴すると、判示比田勝敏行は、みなと映画劇場において自らの非礼な振舞を顧みず、却つて被告人等に因念をつけて挑戦的態度に出で、同僚国分久治等と共に被告人等を脅迫し、「たたき殺してやる、下で待つておれ」と捨独白をのこして同劇場を立ち去り、被告人等の帰途を判示太陽パチンコ店附近で待ち伏せ、被告人を呼びとめ、とらえて同所から暗夜で人通り稀れな舟橋薬店前道路に連行し、比田勝に随行した前記国分のほか城崎亀夫、仲吉隆において被告人を取り囲んだ状況のもとに、比田勝は只管陳謝し、無抵抗の被告人の胸倉を掴えて、その顔面を二、三回殴打し、被告人がこれにひるみ、後方の溝に落ち込んだところえ、襟首を掴えていた比田勝がこれに続いてのしかかる様にして、さらに殴打しかかつて来た際、被告人は激昂して、所携の切出し小刀を以て比田勝目がけて突き刺し、さらにその場に居合せた前記城崎に立向い、右小刀で同人の大腿部を突き刺した事実が認められるけれども、被告人は右のごとくみなと劇場において比田勝等から脅迫された上に、帰途前示のごとく呼び止められたのであるから、その情勢下においては同人等から暴行を受けるかも知れないことは充分察知し得られた筈であり、しかも原判決に挙示の証拠により、被告人は浦丸高祐、及び太田行男等と共に同劇場を立ち出で、前記太陽パチンコ店附近においては、同方向に帰途についていた他の船員数名もいたことが明らかであるので、被告人が諾々と比田勝等の連行に委ねるについては、万一の場合所携の小刀で立ち向う意思があつたことも窺い得られないでもなく、また比田勝、国分、仲吉、城崎等は本件犯行現場において何等の兇器も所持しておらず、比田勝は素手で殴打したのみであり、他の者等も附近に立つていたとはいえ、毫も被告人に立向つて来た形跡は存しなかつたことが明白である。以上説示のごとき情況から考察すれば、比田勝の被告人に対する前示のごとき攻撃は不正の侵害といい得るとしても、被告人においてこれを避けるために、他に何等の方策も構じ得なかつたものとは考えられず、従つて、被告人が所携の小刀で比田勝を突刺し、さらに城崎をも突き刺した本件所為が、自己の権利を防衛する為めに已むことを得なかつたものと認めるに由ない。なお原判決が比田勝において被告人方におしかぶさるように向つて来たものでなく、同人が被告人より突き刺されて溝に落ち、その場に坐り込み、そのはづみに被告人が同人と共に溝に落ち込んだもののごとく説示している点については、前に認定したとおりの状況であつたと認められること所論指摘のとおりであるが、右の点は罪となるべき事実に属せず、従つて判決を破棄すべき事実誤認というは当らない。

次に論旨は、本件切出小刀は銃砲刀剣類等所持取締令第十五条に規定する匕首又はこれに類似する刃物と認めることはできないと主張するにあるが、押収されている切出小刀は、被告人が比田勝か或いは城崎を突いたとき、その先端が折れたものであることが記録上明らかであり、白木の柄と蓋のついた細身の鋭利な刃器であつて、先端の折れない状態においては、優に刃渡十糎位のものであつたことが推認される。而して前示法条に所謂匕首に類似する刃物とは、その形状において又その性能、及び用法においても匕首に類似していて匕首のように容易にこれを隠し携帯することができ、また社会常識上他人の身体損傷の用に供せらるる危険性を有するものと認め得られる刃物を汎称するものと解するを相当とする。それで、本件小刀が前示のごときものである以上、これが前示同条に所定の匕首に類似する刃物に該当することは勿論であつて、被告人は本件犯行当夜映画見物に出かくるに当り、なお之を携行したものであり之を携帯するについて業務その他正当な理由がなかつたことは記録上優にこれを認めることができる。そして弁護人において、該小刀が携帯禁止の刃物に該当しないと主張していることは原審第四回公判調書の記載によりこれを窺い得られるけれども、原判決は判示のごとく認定し、前示同令第十五条、第二十七条を適用処断しているのであるから、所論のように判断の遺脱があるものというを得ない。

而して記録を精査しても、原判決の事実認定に誤りがあることを発見することはできないので、原判決には所論のような違法はない。論旨は理由がない。

同控訴趣意中(二)量刑不当の点について、

しかし、本件記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われた被告人の性格、年齢境遇、並びに本件犯罪の動機、態様その他諸般の情状及び犯罪後の情況等を考究し、なお所論の情状を参酌しても、原審の被告人に対する刑の量定はまことに相当で、これを不当とする事由を発見することができないので、論旨は採用することができない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十六条に則り、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 筒井義彦 判事 柳原幸雄 判事 岡林次郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例